東京の旅もいよいよ最終日になりました。
姉の家を出て、北千住の商店街でおみやげの久寿餅を買って、新幹線に乗る予定の上の駅へ。
駅でスーツケースをコインロッカーに預けたら準備完了。まずは旧岩崎邸庭園を目的地にして、そのあとはマップなど参考にしながら気の向くまま、のんびり散歩します。
上野駅のガード下は昭和感があって好きです。
東京最終日は快晴。5日間で一番いいお天気になりました。
まだ早い時間でアメ横も人がまばら。
上野公園へ続く階段。2012年に同じ場所で写真を撮影したときは、ここに絵描きさんがいたんですよね。
緑に包まれたパンダさん。
不忍池へ。
水面が見えないほど、一面を青々とした蓮の葉が覆っていました。
湯島の飲み屋街。
『仲町通り』という道をを歩いていると、気になる古い建物が目に入りました。
調べてみると、このビルは『黒沢ビル』といって、昭和4年竣工。戦火を免れて現在に至る名建築だそうです。見学会も定期的に開かれているんすって。
入口には鶏が描かれたステンドグラスがあって、昭和初期に活躍された『小川三知』という作家さんの作品だそうです。

奥にはバラのステンドグラス。中も見学したかったなぁ。
『旧岩崎邸庭園』の案内看板発見!
庭園入口に到着して受付を済ませ、ゆるやかな上り坂の馬車道を進んでいくと、茂みの奥に建物の頭が少しずつ見えてきました。
素敵な馬車道だったのに、動画を撮影していたら、すっかり写真を撮り忘れていました。
馬車道を登りきったところに、三つの菱形が重なった岩崎家の家紋入りの塀がありました。
この家紋と、土佐・山内家の家紋「三つ柏」をもとに、のちの三菱のスリーダイヤが考えられたのだそうです。
「なにこれ、大きい!」
これが、最初に見たときの正直な感想。
その豪華さと大きさに、思わず圧倒されてしまいました。ここだけ切り取ると、日本じゃないみたいです。
『旧岩崎邸庭園』は、三菱財閥を創設した岩崎彌太郎の長男・久彌の本邸として、1896年(明治29年)に建てられたものだそう。
現在あるのほんの一部で、以前は20棟もの建物が並んでいたのだとか。
洋館と撞球室の設計は、『ニコライ堂』も手がけた『ジョサイヤ・コンドル』によるものだそうです。
建物内の撮影は平日のみだったのが、本当に残念でした。下調べって大事ですね。
茂みの奥からちらりと見えた塔屋を、近くから。
和館のほうにはカフェがあったので、お抹茶でひと休みすることにしました。
休憩の後は、大きな芝生のお庭から洋館を眺めてみます。
洋館は、主に接待用として使われていたのだそうです。
建物の右下にはサンルームがあって、同じ場所で撮影された岩崎家の家族写真が飾られていました。
「本当にここで生活していたんだ」と、なんだか不思議な感覚に。
洋館から地下通路で繋がっている撞球場。
どこまでも豪華で、当時の財閥の力の大きさを改めて感じさせられる建物でした。
庭園をあとにして、マップで見つけた気になった『健康と医学の博物館』へ向かうことに。
庭園横の坂道は『無縁坂』と呼ばれ、無縁寺にちなんで名付けられたそうです。
いい雰囲気の坂道です。
途中、東京大学の鉄門や歴史を感じるレンガ塀が現れ、予定していた博物館の場所がわからないまま、流れで本郷キャンパスへ入ってみることに。
わぁ素敵!
これでもかと素敵な建物が続き興奮します。

東大のシンボル的存在の『赤門』も。
いい感じのダクト。
『帝大下水』と描かれたマンホールの蓋。
ゴシック様式のアーチが美しい『法文学部2号館』
かの有名な『安田講堂』。映像では何度も見たことがありますが、実際見たのは初めてなのでちょっと感動しました。
やはりここは人気のようで、記念写真を撮ってる人で賑わっていました。
なにかイベントを開催されていたようで、係の方に許可をいただき入口だけ撮影させてもらいました。
安田講堂入口の壁画は、小杉放菴による『動意』という作品です。
安田講堂の前には、左右対称に大きなクスノキが並んでいました。
木陰で思い思いに過ごす人たちの姿が、とてもいい雰囲気。
弥生門から、本郷キャンパスをあとにしました。
古い建物と緑が調和した、とても心地いい空間で、来てみて大正解でした。
つづく。




















































